体外受精(IVF)の標準治療に上乗せする形で提供される「追加オプション」(アドオン)の利用は、世界的に広がっています。オーストラリアでは、過去3年以内にIVFを受けた女性の80%以上が、鍼治療や漢方薬、着床前染色体異数性検査(PGT-A)など、何らかの追加オプションを利用したと報告されています。背景には、1回の排卵誘発周期でわが子を迎えられる女性が全体の30%にとどまるという現実があり、患者と医師の双方が、追加オプションに希望を託す構図が生まれています。世界の生殖医療市場は2026年時点で300億ポンド規模に達すると予測されており、商業的な動機も、追加オプションの普及を後押ししてきました。
現在、臨床現場で使われている追加オプションは50種類近くにのぼり、価格は1件あたり200〜1,000ポンド(日本円でおよそ4万〜18万円)と幅があります。しかし、その効果を裏づける根拠の質は一様ではありません。欧州ヒト生殖医学会(ESHRE)や英国NICEといった主要な学会・機関がすでに追加オプションに関するガイドラインを公表していますが、これらの推奨は、根拠となるランダム化比較試験(RCT)の「信頼性」そのものを系統的に検証したものではなく、費用対効果も考慮していません。こうした課題を踏まえ、Human Fertility誌(2026年)に、追加オプションを合理的に評価するための枠組みを提案する総説が掲載されました(doi:10.1080/14647273.2026.2696818)。
提案された枠組み──信頼性チェックから始まる2段階評価
新しい枠組みは、大きく2つの段階に分かれます。第一段階は「有効性の評価」です。まず対象となる追加オプションについて、システマティックレビューの手法で文献を網羅的に検索し、その上でINSPECT-SR(INveStigating ProblEmatic Clinical Trials in Systematic Reviews)と呼ばれるツールを用いて、個々のRCTの信頼性を検証します。INSPECT-SRは、国際的な専門家パネルによって開発され、Cochraneが推奨するツールで、実施されたはずのない規模での被験者募集や、報告内容の不整合など、データの信頼性に疑義がある試験を検出することを目的としています。信頼性基準を満たさない試験は、それがどれほど魅力的な結果を示していても、メタ解析の対象から除外されます。
この手続きがどれほど結果を左右しうるかは、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の国際ガイドライン改訂時の検証が示しています。信頼性基準を適用したところ、採用予定だった研究のうち45%が、あらかじめ定めた基準を満たしていなかったと報告されています。信頼性の低い試験を土台にしたメタ解析は、どれほど統計的に洗練されていても、誤った結論に導きかねません。
信頼性基準を満たしたRCTについては、通常の手順でメタ解析を行い、GRADE(Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation)という枠組みを用いて、バイアスのリスクや結果の一貫性、精度などを踏まえたうえで、エビデンスの確からしさを評価します。ここまでの手続きを経て、追加オプションは「有効」「無効」「判断保留(不確実)」のいずれかに分類されます。
「生児出生率」だけでは判断を誤る
不妊治療の有効性評価では、生児出生率が「ゴールドスタンダード」とされてきました。子どもを迎えられるかどうかが患者にとっての最終的な関心事である以上、これは自然な考え方です。しかし、この総説は、生児出生率のみを基準にすることの落とし穴を指摘しています。生殖医療分野のRCTのうち、生児出生率を報告しているのはおよそ3分の1にとどまる一方、臨床妊娠率はおよそ9割の試験で報告されています。生児出生率は報告される機会自体が少ないうえ、統計的な検出力も低くなりやすく、メタ解析で有意差が出にくい構造的な弱点を抱えているとされています。
さらに、すべての追加オプションが生児出生率の上昇を目指しているわけではありません。たとえば着床前染色体異数性検査(PGT-A)は、主に流産率の低下を意図した介入です。生児出生率という単一の指標だけで判断すると、こうした介入の意義を見落とすおそれがあるため、総説は、追加オプションが標的とする生物学的な作用機序に応じて、評価する指標を選ぶ必要があると述べています。
見分け方の実例──PICSIをめぐる誤解
この点を具体的に示す例として、総説は、ヒアルロン酸によって精子を選別する技術「PICSI」に関する大規模RCT(HABSelect試験)を取り上げています。この試験では、臨床妊娠率はPICSI群とICSI群でほぼ同等でした(35.2% vs 35.7%、p=0.80)。生児出生率もPICSI群でやや高い傾向はあったものの、統計的な有意差には至りませんでした(27.4% vs 25.2%、絶対差2.2ポイント、95%信頼区間−1.1〜5.5、p=0.18)。一方、流産率はPICSI群で有意に低下していました(4.3% vs 7.0%、絶対差−2.7ポイント、95%信頼区間−4.4〜−0.9、p=0.003)。
英国のヒト受精・胚機構(HFEA)は、この結果をもとに「PICSIは有効ではない」と説明してきましたが、総説はこの解釈に疑義を呈しています。生児出生率の信頼区間には、意味のある改善に相当する値も含まれており、統計的に有意でないことは「効果がない」ことの証明ではなく、「効果の大きさが確定できない」ことを意味するにすぎません。臨床妊娠率が同等であるにもかかわらず流産率が真に低下しているなら、理論的には生児出生率も高くなるはずだという点も、総説は指摘しています。統計的有意性という一つの物差しだけで介入の価値を判断することの危うさを示す事例といえます。
費用対効果をどう計算するか
有効性が確認された、あるいは判断が保留になった追加オプションについては、次に費用対効果が検討されます。総説は、標準的なIVFで生児1人を得るための費用をおよそ27,000米ドル(または20,000英ポンド、30歳の女性を想定)とし、これを費用対効果の目安(閾値)として提案しています。追加オプション1件あたりの費用を、それによって得られる生児出生の増加分で割った値が、この閾値を下回れば、費用対効果があると判断できるという考え方です。
有効性が「不確実」なケースでも、この考え方は応用できます。たとえば540ポンドの追加オプションであれば、540÷20,000=2.7%という計算から、生児出生率を少なくとも2.7ポイント引き上げなければ、費用対効果があるとは言えないことになります。この場合、効果の信頼区間の下限がこの閾値を上回っていれば費用対効果がある可能性が高く、逆に信頼区間の上限がこの閾値を下回っていれば、費用対効果は見込みにくいと判断されます。なお、この閾値は患者の年齢や、公的医療制度か自由診療かといった条件によっても変わりうるとされています。
診断系オプションは「判定が変わった人」だけを見る
追加オプションの中には、治療そのものではなく、治療方針を決めるための検査、いわゆる診断系のオプションも含まれます。代表例が、子宮内膜受容能検査(ERA)です。総説は、この種の検査を評価する際によくある落とし穴を指摘しています。検査を受けた全員と、検査を受けなかった群の成績を単純に比較すると、多くの患者は「正常」という結果が出て治療方針が変わらないため、検査そのものの効果が薄まって見えてしまうというものです。
そのため総説は、検査結果によって実際に治療方針が変わった患者(不一致例)に絞って効果を検証する分析の重要性を強調しています。この視点は、検査結果が診療にどう影響するかを直接評価できる一方、検査を軸にした診療全体の効果を見るには、検査群と標準治療群を丸ごと比較する試験も補完的に有用だとされています。
いつ勧めるべきか──失敗後ではなく、最初から
臨床現場では、追加オプションは、これまでの治療周期がうまくいかなかった患者に対して提案されることが多いのが実情です。しかし総説は、この運用そのものに疑問を投げかけています。IVFの1周期には英国だけでもかなりの費用がかかり、低・中所得国では、年収の50〜200%に相当する負担になるとの報告もあります。すでにこれだけの投資がなされている以上、費用対効果が確認された追加オプションを見送る合理性は乏しいというのが総説の立場です。
患者の視点からも、治療が失敗した後にはじめて追加オプションが提案されると、「なぜ最初から勧めてくれなかったのか」という疑問につながりかねません。費用対効果が示された追加オプションについては、失敗を重ねてからではなく、治療の早い段階から選択肢として提示すべきだと総説は提言しています。
日本の生殖医療現場にとっての意味
日本でも、鍼治療やタイムラプスモニタリング、PGT-Aなど、多様な追加オプションが自由診療の枠組みで提供されており、その説明のあり方は施設ごとに異なります。今回の枠組みは、日本の臨床現場においても、追加オプションを患者に説明する際の考え方を整理する材料になり得ます。特に、統計的に有意でない結果が「無効」と直ちに同一視されがちな点や、費用対効果の議論が十分になされないまま追加オプションが提供されている点は、日本の生殖医療の現場でも共通する課題といえます。医師と患者のあいだで、ある追加オプションを勧める・勧めないという判断を共有する際には、単なる有意差の有無だけでなく、信頼区間の幅や費用対効果まで含めて説明することが、今後の情報提供のあり方として重要になると考えられます。
本総説の意義と留意点
本総説の意義は、追加オプションの評価に、RCTそのものの信頼性チェック、生物学的機序との整合性、費用対効果という複数の視点を統合した点にあります。一方で、留意すべき点もあります。第一に、本総説自体は新たな臨床データを提示するものではなく、既存の考え方を整理した提言であり、実際に個々の追加オプションへ枠組みを適用した検証は今後の課題として残されています。第二に、費用対効果の閾値として示された27,000米ドル(20,000英ポンド)という数値は、特定の医療制度・年齢層を前提にした推計であり、日本を含む他の医療制度にそのまま当てはめられるかは慎重な検討が必要です。第三に、追加オプションは効果の大きさだけでなく、副作用やリスク、心理的な側面も含めて評価すべきものであり、費用対効果の議論だけで実施の可否がすべて決まるわけではない点にも留意が必要です。
おわりに
この総説が示した枠組みは、RCTの信頼性を確認したうえでメタ解析を行い、生児出生率を唯一の指標とせず、診断系オプションについては治療方針が変わった患者に注目し、有効性が確認された介入については費用対効果を定量的に評価するという、一連の手順です。費用対効果が示された追加オプションは、治療の失敗を重ねてから提案するのではなく、早い段階から選択肢として提示すべきだとも提言されています。追加オプションが患者にとって本当に価値のある選択肢かどうかを見極めるうえで、今後、個々の介入にこの枠組みを当てはめた検証が積み重ねられていくことが期待されます。
参考文献
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