体外受精において、採卵した卵子から得られた胚をいったんすべて凍結し、後日あらためて融解して移植する「全胚凍結」という方法があります。新鮮な胚をそのまま移植する「新鮮胚移植」と比べてどちらが妊娠・出産に有利かは、長年議論の的となってきました。
これまでの指針では、全胚凍結が推奨されるのは主に卵巣過剰刺激症候群(OHSS)のリスクが高い患者や、採卵数の多い「高反応群」に限られてきました。実際、英国の規制当局であるヒト受精・胚機構(HFEA)のガイダンスも、追加の処置や費用がかかることを踏まえ、全胚凍結はOHSSリスクのある患者や高反応群に絞って推奨するという立場をとっています。しかし、この根拠となったランダム化比較試験(RCT)の多くは、参加基準や年齢上限によって対象が限定されており、実際の診療現場で治療を受けるすべての患者層を反映しているとは言えない面がありました。
こうした背景のもと、Reproductive BioMedicine Online誌(2026年)に、英国の単一施設で2016年から2023年にかけて実施された9,923件の自己卵子採卵周期、9,716件の胚移植を対象とした大規模な後方視的コホート研究が掲載されました。年齢だけでなく、採卵数や胚の個数・質によって、新鮮胚移植と全胚凍結のどちらが有利かが変わるのかを、傾向スコアマッチングという統計手法を用いて検証した内容です(doi:10.1016/j.rbmo.2026.105742)。
方法──9,923周期を、傾向スコアでマッチングして比較した
対象は、2016年から2023年にロンドンの単一体外受精クリニックで実施された9,923件の自己卵子採卵周期です。体外受精または顕微授精を行い、新鮮胚移植を実施した周期と、全胚を凍結したうえで後日凍結融解胚移植(FET)を行った周期を比較しました。卵子提供や代理懐胎、着床前遺伝学的検査(PGT)を伴う周期などは除外されています。
新鮮胚移植群と全胚凍結群では、採卵数や胚の個数、患者の年齢などの背景因子が大きく異なっていたため、これらの偏りを補正する目的で、傾向スコアによる完全マッチングという手法が用いられました。さらに、年齢・採卵数・受精方法・胚の個数・凍結胚数・胚移植数などを共変量としたロジスティック回帰モデルで調整が加えられています。解析は大きく2種類行われました。ひとつは各周期の最初の胚移植(新鮮胚移植か、最初のFETか)における生児出生率の比較、もうひとつは同一採卵周期に由来する複数回の移植を通算した「累積生児出生率」の比較で、こちらはCox比例ハザードモデルが用いられています。
全年齢では差なし、しかし「反応の良さ」で結果が分かれた
最初の胚移植における生児出生率は、全年齢をまとめて解析すると新鮮胚移植と全胚凍結後の初回FETでほぼ同等でした(調整オッズ比0.9、95%信頼区間0.6〜1.3、35% vs 35%、P=0.8)。年齢層別に見ても、35歳未満(45% vs 46%)、35〜37歳(39% vs 36%)、38歳以上(21% vs 24%)のいずれにおいても、両群の差は数%以内にとどまり、統計学的な有意差は認められませんでした。
一方で、採卵数による「反応性」で層別化すると、傾向に違いが見えてきました。採卵数が16個以上の高反応群では、新鮮胚移植のほうが生児出生率が高い傾向にありました(50% vs 41%)が、この差は有意ではありませんでした(調整オッズ比0.6、95%信頼区間0.4〜1.1、P=0.2)。これは、高反応群にこそ全胚凍結が有利とされてきた従来の考え方とは逆方向の結果です。逆に、採卵数が5個未満の低反応群では、新鮮胚移植と全胚凍結後の初回FETの生児出生率はほぼ同じでした(26% vs 27%、調整オッズ比1、95%信頼区間0.7〜1.5、P=1)。
胚の数が少ない周期でこそ、全胚凍結の強みが表れた
得られた胚の個数によって解析すると、より明確な違いが見られました。1周期あたりの胚が2個以下と少ない場合、全胚凍結後の初回FETは新鮮胚移植に比べて生児出生率が高い傾向にありました(28% vs 23%)。この差は補正前では有意でしたが(P=0.04)、多重検定の補正後には有意性を失いました(調整オッズ比1.3、95%信頼区間1〜1.8、調整後P=0.1)。
さらに、発育の遅れた胚や形態評価の低い胚を除外し、良好な質の胚だけに絞って比較すると、胚数が少ない周期における全胚凍結の優位性はより明確になりました。生児出生率は全胚凍結後の初回FETで38%、新鮮胚移植で29%となり、この差は補正後も統計学的に有意でした(調整オッズ比1.6、95%信頼区間1.2〜2.1、補正前P=0.001、補正後P=0.02)。ただし、この傾向は38歳未満の患者に限って解析すると消失し(37% vs 37%、P=1)、38歳以上に限ると差は残るものの有意ではなくなりました(19% vs 14%、調整オッズ比1.5、95%信頼区間1.1〜2.4、P=0.2)。胚数が多い周期(6個以上)では、逆に新鮮胚移植のほうが高い傾向でしたが(55% vs 45%)、こちらも有意差はありませんでした。
質の低い胚を移植するとき、若い患者ほど全胚凍結が有利?
発育が遅れた胚や形態評価の低い胚(グレードBC以下)を移植した場合に限った解析では、全胚凍結後の初回FETのほうが生児出生率が高い傾向が見られました(18% vs 13%)。この差は補正前では有意でしたが(P=0.03)、補正後は有意性を失いました(調整オッズ比1.7、95%信頼区間1.1〜2.8、補正後P=0.1)。
年齢で層別化すると、この傾向は38歳未満の患者に限って見られ、生児出生率はおよそ2倍の差でした(30% vs 19%、調整オッズ比2、95%信頼区間1.1〜3.5、補正前P=0.02、補正後P=0.1)。38歳以上では、質の低い胚を移植した場合の生児出生率は新鮮胚移植・全胚凍結のどちらでもほぼ同じでした(8% vs 7%、P=1)。研究チームは、この年齢差の背景として、高齢患者では胚の染色体異数性(コピー数の異常)が結果を左右する主要因になっている一方、若い患者では子宮内膜と胚の発育タイミングの「ずれ」が影響している可能性を指摘しています。
周期全体で通算すると、若い患者では新鮮胚移植がやや優勢
1回の採卵周期に由来するすべての移植を通算した「累積生児出生率」をCox比例ハザードモデルで解析すると、全年齢を通じて新鮮胚移植のほうが生児出生に至るまでの速度が63%速い傾向にありました(ハザード比1.63、95%信頼区間1〜2.6)が、補正後は有意性を失いました(補正前P=0.034、補正後P=0.06)。35歳未満(ハザード比1.69、補正後P=0.06)、35〜37歳(ハザード比1.95、補正後P=0.06)でも同様に、新鮮胚移植で速い傾向は見られたものの、いずれも補正後には有意ではありませんでした。一方、38歳以上では、新鮮胚移植と全胚凍結の差はわずか10%にとどまり、明確な差は見られませんでした(ハザード比1.11、95%信頼区間0.78〜1.56、P=0.6)。
日本の生殖医療現場にとっての意味
日本の生殖医療の現場でも、全胚凍結の適応は主にOHSSリスクの高い患者や採卵数の多い患者に限定されることが多く、少数の胚しか得られなかった周期では新鮮胚移植が選択されることが一般的です。今回の結果は、この従来の使い分けに一定の再考を促す内容です。高反応群において全胚凍結の明確な優位性は確認されず、むしろ胚数が少ない周期において、胚の質を揃えたうえでの全胚凍結が有利である可能性が示されました。
特に、胚の発育が遅れていたり形態評価が低かったりする「質の低い胚」しか得られなかった場合、38歳未満の患者では全胚凍結によって子宮内膜の状態を整えてから移植することが有利に働く可能性があります。ただし、これらの知見の多くは多重検定補正後に有意性を失っており、確定的な結論ではありません。日本の臨床現場では、採卵数という単一の指標だけでなく、得られた胚の個数と質を踏まえた個別化された意思決定が、今後の議論の出発点になると考えられます。
研究の強みと限界
本研究の強みは、9,923件という大規模な単一施設データに基づき、傾向スコアによる完全マッチングで背景因子の偏りを補正した点、そして最初の移植だけでなく周期全体を通算した累積成績まで検証した点にあります。単一の標準化された培養室で得られたデータであるため、施設間差によるばらつきが少ないという利点もあります。
一方で限界も明記されています。第一に、後方視的コホート研究であり、卵巣予備能マーカーや子宮内膜調整法、刺激プロトコルなど、測定されていない交絡因子が結果に影響した可能性は否定できません。第二に、単一施設のデータであるため、他施設への一般化には注意が必要です。第三に、解析は5日目胚の移植に限定されており、2〜4日目胚や6〜7日目胚、3個以上の胚移植は除外されているため、より予後良好な患者層に偏っている可能性があります。第四に、胚の染色体異数性検査(PGT-A)は行われておらず、胚の質は形態評価にとどまります。第五に、複数の解析結果が補正前では有意であったものの、多重検定補正後には有意性を失っており、これらの知見はあくまで仮説を提示するものであって、確証的な結果ではない点に留意が必要です。
おわりに
今回の研究は、新鮮胚移植と全胚凍結のどちらが有利かは、年齢そのものよりも、得られた胚の個数と質によって左右される可能性を示すものです。従来、全胚凍結が有利とされてきた高反応群では明確な優位性は確認されず、逆に胚数が少ない周期や、質の低い胚しか得られなかった若い患者において、全胚凍結が有利となる可能性が示されました。これらの知見の多くは統計学的な確証には至っておらず、今後さらに大規模な前向き研究による検証が求められています。
参考文献
1. Garratt J, Macklon N, Ellis PJ, Goswami M, Kovats T, Al-Hashimi B, Shah T, Linara-Demakakou E, Ahuja KK. Time to reconsider who the freeze-all approach benefits: a matched cohort analysis of over 9000 embryo transfers. Reprod Biomed Online 2026;53(3):105742. doi:10.1016/j.rbmo.2026.105742.
