「子どもを持たない」を選ぶ若者たち──国際生殖医療連合が動き出した理由

合計特殊出生率(TFR、女性が生涯に産む子どもの数の平均)は、人口規模を維持するために2.1程度が必要とされ、これは「人口置換水準」と呼ばれます。この水準は、すでに先進国や中所得国の大多数で下回っており、2100年までに多くの国で人口が50%以上減少すると推計されています。労働人口の縮小は、社会が生み出す製品やサービスの減少、そしてそれに伴う税収の減少を意味し、子どもと高齢者を支える基盤そのものを揺るがす課題として位置づけられています。

経済協力開発機構(OECD、主に先進国38カ国が加盟)が2024年に公表した報告書では、加盟国のTFRが1960年の3.3人から2022年には1.5人へと、ほぼ半減したことが示されました。同報告書は、この変化が社会や家族のあり方、経済成長そのものに影響を及ぼしうると警鐘を鳴らす一方で、共働き世帯の増加や育児支援策の充実といったジェンダー平等の推進が、女性の就労がもたらす出生率への負の影響を和らげうるとも指摘しています。こうした背景のもと、国際生殖医療連合(IFFS)が2024年に開始した意識啓発キャンペーン「MoreJoy」の全容を紹介する解説論文が、Reproductive BioMedicine Online誌(2026年)に掲載されました。

背景──出生率低下の背後にある経済的要因

世帯収入や住居費、育児費用といった経済的要因は、家族を持つ意思決定に強く影響することが知られています。所得の増加や育児コストの低下が、子どもへの投資の量と質の両方を高めるという経済学的な理論も古くから提示されてきました。一方で、国連人口基金が2025年に14カ国の若年層を対象に行った調査では、意図しない妊娠を避ける障壁と、家族を持つことを阻む障壁が、実質的に同じ要因(経済的な不安定さ、ジェンダーによる差別、パートナーや地域社会からの支援不足、質の高い性と生殖に関する医療へのアクセスの乏しさ、教育や手頃な育児サービスへのアクセスの欠如、将来への悲観)に根ざしていることが示されています。

医療従事者自身が見た「子どもを望まない若者」

IFFSは、加盟する各国の生殖医療学会に所属する医師、胚培養士、看護師などを対象に、少子化や若い世代の出生に対する意識についての調査を実施しました。478件の回答のうち、62.3%が「若い世代は子どもを持ちたいと思っていない」と回答し、「持ちたいと思っている」と答えたのは33.5%にとどまりました。医療の専門知識を持つ集団においても、一般社会と同様の傾向が確認された形です。

子どもを望まない理由として挙げられた要因(463件の回答)のうち、最も多かったのは住居費を含む経済的事情で54.2%、次いで育児費用が46.4%、育児支援の不足が20.5%、気候変動への不安が14%でした。また、「個人としての選択」を理由に挙げた回答も44.3%に上りました。回答者自身についても、44%が子どもを持たないことを自らの意思で選んでいると答えており、非自発的な不妊とは異なる「自発的無子」の広がりが、医療従事者の目線からも浮かび上がっています。

「MoreJoy」キャンペーンの狙いと広がり

IFFSは2024年1月、少子化の実態と家族形成支援の必要性について論じた総説を公表し、これが大きな反響(166件の被引用、7万3千件超の閲覧)を呼んだことを受け、同年4月に啓発キャンペーン「MoreJoy」を開始しました。世界およそ50の国別生殖医療学会と連携するIFFSの規模を生かし、医療従事者、政策立案者、企業という3つの主要な対象に向けて、性別や婚姻状況を問わず家族形成を人権として位置づけるメッセージを発信しています。

キャンペーンの実務としては、加盟学会へのメール配信、学術集会での講演、17言語に翻訳された教育資材やインフォグラフィックを掲載した専用ウェブサイトの開設などが行われました。各国・地域からのアンバサダー制度も設けられ、これまでに120名を超える医療従事者が登録し、SNSや所属学会を通じて情報発信を担っています。活動は2025年のIFFS世界会議(東京)で一つの節目を迎え、世界初の体外受精児として知られる人物がキャンペーンのグローバル・アンバサダーに就任しました。

各国で始まった具体的な政策対応

イタリアでは、生殖補助医療法の制定20周年にあたり、国内の生殖医療学会が上院での会合でキャンペーンを紹介しました。チリでは学会が保健当局と連携し、公的医療における抗ミュラー管ホルモン測定の適用拡大につなげています。フィリピンでは保健省との協議を経て、政府による初の公的体外受精センター設立の方針が示され、学校教育への家族形成カリキュラムの導入も検討されています。ギリシャでは学会が患者団体と協力し、出生率低下に関するリーフレットの配布や学校での啓発活動を行い、首相が体外受精への補助を検討する方針を2025年9月に発表しました。アイルランドでは、大学と病院が連携し、性と生殖に関する科学的知識を学校で伝える取り組みが進められています。

政策面では、シンガポールが1980年代後半から出産支援策を導入し、2001年には拡充されたパッケージを実施しましたが、TFRは1980年の1.74からむしろ2025年には0.95まで低下しており、支援策の効果は限定的だったと分析されています。育児休業や出産一時金などが子どもを持つ動機として高く評価される一方、教育費など他の経済的要因が十分に考慮されていない政策設計の課題も指摘されています。World Population Review(2026年)によれば、2019年以降、55カ国が少子化を受けて既存の支援策を拡充したとされています。

数字が語る「子どもを持たない」という選択の広がり

米国では、50歳未満の成人の47%が子どもを持つ可能性が低いと回答したとする2024年の報道が紹介されています。コロンビアの人口保健調査(2025年)では、女性の76.7%が子どもを持つ計画がないと回答し、子どもを望む意思を示したのはわずか23%でした。一方で、欧州と米国で4000人超を対象に実施された公衆衛生調査(2025年)では、若年層のおよそ60%が子どもを持つ意思を示しており、地域や調査手法によって数値には幅があることも読み取れます。こうした「希望する子どもの数」と「実際に持つ子どもの数」の乖離は、近年の文献で「ファティリティ・ギャップ」として整理されています。

キャンペーンの強みと課題

解説論文は、キャンペーンの取り組みをSWOT分析の枠組みで振り返っています。強みとしては、科学的根拠に基づき、国内外の学会や若手専門職の参画を得て計画的に展開されている点が挙げられています。一方で、資金の限られたことに加え、政策立案者や企業の関与がまだ限定的である点が課題とされ、企業の人事担当者に向けた不妊治療支援策の重要性を伝えるプログラムの必要性が指摘されています。

機会としては、高校や大学での啓発活動を通じて若年層の意識を深く理解し、自発的無子という選択の広がりの背景を探る取り組みが挙げられています。他方、脅威としては、人口過剰論という根強い社会的認識が変わりにくいこと、そして欧州の一部では、キャンペーンが女性に子どもを持つことを強いているのではないかという反発が生じたことが記録されています。論文は、キャンペーンが目指すのは子どもを望みながら社会的・経済的な障壁に直面している人への支援拡大であり、子どもを持たない選択をする権利を否定するものではないと説明しています。

日本の生殖医療現場にとっての意味

日本では、合計特殊出生率が長期的に人口置換水準を下回る状態が続いており、少子化対策は社会全体の課題として位置づけられています。今回の解説論文が示す各国の動きは、医療、教育、企業、政策の各領域が連携して情報発信と支援策を組み合わせる必要性を示唆するものです。特に、学校教育において避妊に関する知識だけでなく、加齢に伴う妊よう性の低下や不妊予防に関する知識をバランスよく伝えるカリキュラムの整備は、日本の教育現場でも検討に値する論点といえます。

同時に、こうした啓発活動が「子どもを持つことへの圧力」として受け止められかねない点には注意が必要とされています。日本の臨床現場においても、不妊治療を望む人への支援拡充と、子どもを持たないという個人の選択を尊重する姿勢とを、両立させた情報提供のあり方が問われることになります。

おわりに

今回の解説論文は、世界的な出生率低下という構造的な課題に対し、医療従事者、政策立案者、企業という3つの主体を対象とした啓発キャンペーンの設計と展開過程を具体的に示すものです。医療従事者自身が「若い世代は子どもを望んでいない」と広く認識している実態や、国や地域によって大きく異なる自発的無子の割合など、キャンペーンが可視化したデータは、今後の政策や臨床現場での対話の土台になり得るものです。人口動態の将来は気候変動や技術革新など不確実な要因にも左右されるとされており、家族を持つかどうかという個人の意思決定を尊重しながら、支援を必要とする人へのアクセスを広げていく取り組みが、引き続き課題として位置づけられています。

参考文献

1. Horton M, Mocanu E, Fauser BCJM. Promoting family-building strategies among key stakeholders: the International Federation of Fertility Societies More Joy campaign. Reprod Biomed Online 2026;53(3):105736. doi:10.1016/j.rbmo.2026.105736.

2. Fauser BCJM, Adamson GD, Boivin J, et al. Declining global fertility rates and the implications for family planning and family building: an IFFS consensus document based on a narrative review of the literature. Hum Reprod Update 2024;30(2):153-173. doi:10.1093/humupd/dmad028.

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