不妊症は、避妊をせずに1年以上性生活を送っても妊娠に至らない状態と定義され、その原因の少なくとも半数には男性側の要因が単独または女性側の要因と併せて関わっているとされています。しかし臨床の現場では、男性不妊の評価が精液検査だけで完結してしまうことが少なくありません。精液の数値に異常が見つかった男性パートナーの約半数が、それ以上の検査を経ないまま『原因不明の男性不妊』と分類され、体外受精や顕微授精といった生殖補助医療(ART)へと直接進められる例が多いことが、これまでの研究で指摘されてきました。
精液検査は男性不妊の評価において重要な位置を占める一方、それだけで妊孕性の有無を判定できる絶対的な指標ではありません。ホルモン評価や精巣超音波検査、精液の細菌学的評価、遺伝学的検査などを組み合わせた多段階の評価が推奨されているものの、実際にどこまで『原因不明』の割合を減らせるのかについては、大規模な前向きデータが乏しいのが実情でした。
こうした背景のもと、Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism誌に、イタリア・パドヴァ大学病院で2024年10月から2026年1月にかけて実施された、800人の男性不妊患者を対象とする前向きコホート研究が掲載されました。ホルモン値・精巣超音波・精液検査・遺伝学的検査を組み合わせた病態に基づく分類法を検証し、『原因不明』とされる患者の割合がどこまで縮小するかを検討した内容です(doi:10.1210/clinem/dgag263)。
方法──800人を、ホルモンまで含めて調べた
対象は、女性側の要因が除外された不妊カップルのうち、2024年10月から2026年1月までにパドヴァ大学病院の生殖医療専門施設を受診した男性パートナー800人です。全員に対して、問診と身体診察、WHO基準に基づく精液検査に加え、総テストステロン(TT)、卵胞刺激ホルモン(FSH)、黄体形成ホルモン(LH)の測定、精巣容積・血流を含む精巣超音波検査が行われました。精液の異常や炎症・感染を示唆する所見がある場合には、精液の細菌学的検査や経直腸的前立腺超音波検査(TRUS)も実施されています。
さらに、精子濃度が一定の基準を下回る場合には染色体検査やY染色体微小欠失検査が、閉塞性無精子症が疑われる場合にはCFTR遺伝子検査が、先天性の低ゴナドトロピン性性腺機能低下症が疑われる場合には31遺伝子を対象とする遺伝子パネル検査が、それぞれ実施されました。これらの結果をもとに、患者は病態別に8つの主要カテゴリー(感染・炎症、閉塞性、造精機能低下、続発性精巣機能低下、原因不明の精液異常、原因不明のカップル不妊、精索静脈瘤、抗精子抗体)のいずれかに分類されています。
56%が「造精機能低下」、「原因不明」はわずか5.3%
800人のうち最も多かったのは、精巣そのものに問題がある「原発性造精機能低下」で、448人(56.0%)を占めました。このうちFSH値が高い群(IIIA)が305人(38.1%)、FSH値が正常範囲にとどまる群(IIIB)が143人(17.9%)でした。次いで多かったのが精路の感染・炎症に関連する群で179人(22.4%)、続発性の性腺機能低下(低ゴナドトロピン性性腺機能低下症)が68人(8.5%)でした。
一方、詳細な評価を経てもなお原因が特定できなかった『原因不明』の患者は、精液異常のみが原因不明とされた15人(1.9%)とカップルとしての不妊が原因不明とされた27人(3.4%)を合わせて、わずか42人(5.3%)にとどまりました。精液検査だけで評価した場合には約半数が原因不明に分類されるとされてきたことを踏まえると、ホルモン・画像・遺伝学的検査まで含めた包括的な評価によって、その割合が大きく縮小したことになります。ただし論文は、この結果を『不明な病態そのものが減った』のではなく、『精液検査だけでは原因不明とされていた患者に、より精密な病態分類が与えられた』ものと位置づけています。
実際、造精機能低下の患者のうち189人(23.6%)は、遺伝子検査を含めても明確な原因は特定されませんでした。しかしこれらの患者には『原発性造精機能低下』という病態そのものは確認されているため、真の意味での『原因不明』とは区別されるべきだと論文は説明しています。なお、遺伝学的な原因は全体の15.9%を占め、内訳は染色体異常(クラインフェルター症候群を含む)6.9%、Y染色体微小欠失5.1%、CFTR遺伝子変異2.6%などでした。停留精巣の既往は11.3%、肥満に伴う機能性の性腺機能低下は6.9%に認められています。
高FSH群と正常FSH群、何が違うのか
造精機能低下と分類された患者のうち、FSH値が高い群(IIIA)は、正常範囲の群(IIIB)に比べて精子濃度や総精子数が明らかに低く、平均精巣容積も小さいという特徴が見られました。遺伝学的検査を受けた患者のうち、染色体異常やY染色体微小欠失といった精巣機能そのものに関わる遺伝的異常は、IIIA群で32.6%、IIIB群で7.8%と、5倍以上の差がありました(オッズ比5.71、95%信頼区間2.18〜14.96、p<0.001)。
FSHを説明変数から除いた多変量解析でも、IIIA群への分類は、LH値の上昇(オッズ比1.42、95%信頼区間1.15〜1.76、p=0.001)、精巣容積の低下(オッズ比0.71、95%信頼区間0.61〜0.83、p<0.001)、遺伝的異常の存在(オッズ比12.71、95%信頼区間1.49〜108.72、p=0.020)と、いずれも独立して関連していました。FSH値そのものも、無精子症のリスク(1 IU/L上昇あたりオッズ比1.06、95%信頼区間1.01〜1.11、p=0.021)や重度の精子形成障害のリスク(同オッズ比1.15、95%信頼区間1.07〜1.24、p<0.001)を独立して予測していました。
さらに、IIIA群のうち43.2%はテストステロン値からみても性腺機能低下の状態にあり、56.8%は臨床症状を伴わない『潜在性』の性腺機能低下に該当していました。論文は、これらの所見が高FSH型の造精機能低下を、単なる精子数の異常ではなく、精巣全体の機能低下を伴う病態として捉える根拠になるとしています。
感染・炎症は5人に1人以上
精路の感染・炎症に関連する不妊は179人(22.4%)を占め、内訳は感染のみ35人(4.4%)、炎症のみ64人(8.0%)、感染と炎症の合併80人(10.0%)でした。これらの多くは自覚症状を伴わないまま経過することが知られており、過小診断・過小治療になりやすいとされています。今回の分類では、精液の細菌学的検査と画像所見をあわせて評価することで、感染を伴わない炎症のみのケースも区別して抽出されています。
また、精索静脈瘤が主たる原因とされたのは21人(2.6%)にとどまりました。精索静脈瘤自体は男性不妊患者のおよそ3人に1人に認められる所見ですが、他の病態と合併していることが多く、精索静脈瘤『のみ』が原因といえるケースは限られることが、あらためて示された形です。
日本の生殖医療現場にとっての意味
日本の不妊治療の現場では、男性側の評価が精液検査にとどまり、精液所見に異常があれば速やかにARTへ進む運用がとられることが少なくありません。今回の結果は、ホルモン評価や画像検査、必要に応じた遺伝学的検査を組み合わせることで、『原因不明』とされる患者の割合を大きく減らせる可能性を示しています。とりわけ、高FSH型の造精機能低下や感染・炎症、続発性の性腺機能低下は、それぞれ抗炎症治療やFSH製剤、生活習慣への介入、ゴナドトロピン療法など、病態に応じた対応が想定される群であり、原因の特定が治療方針の選択に直結する点は臨床的な意味を持ちます。
一方で、今回の研究は生殖成績そのものを主要な評価項目としておらず、病態分類に基づく管理が実際の妊娠率や出産率の改善につながるかどうかは、今後の前向き研究による検証が必要とされています。日本の生殖医療現場でこの分類を取り入れる際にも、婦人科医と泌尿器科・アンドロロジー領域の医師が連携し、カップル単位で評価を進める体制づくりが前提になると考えられます。
研究の強みと限界
本研究の強みは、800人という規模の前向きコホートで、ホルモン・画像・遺伝学的検査を統一されたプロトコルのもとで系統的に実施した点にあります。単一施設でありながら、精液検査だけに頼らない多段階評価の実践を、定量的なデータとして示した点も特徴です。
一方で限界もあります。第一に単一施設(パドヴァ大学病院という三次医療機関)での研究であり、より重症の症例が集まりやすい紹介バイアスの影響を否定できません。第二に、性ホルモン結合グロブリン(SHBG)濃度が全例では測定されておらず、肥満患者が多く含まれる本コホートでは、遊離テストステロン濃度の推定に影響した可能性があります。第三に、今回示された分類割合は、あくまで三次医療機関を受診した集団のものであり、一般的な不妊カップル全体における各病態の頻度をそのまま反映するものではないとされています。
おわりに
今回の研究は、精液検査に加えてホルモン評価・画像検査・遺伝学的検査を組み合わせることで、男性不妊のうち真に『原因不明』とされる割合が5.3%まで縮小することを、大規模な前向きデータで示しました。造精機能低下がFSH値によって異なる病態的背景を持つこと、感染・炎症が5人に1人以上に関わっていることなど、病態に基づく分類は、個々の患者により適した評価と治療方針を検討する土台になり得るものです。分類に基づく管理が実際の生殖成績の改善につながるかどうかは、今後の前向き研究によってさらに検証されるべき課題とされています。
参考文献
1. Grande G, Graziani A, Caretta N, Di Mambro A, Garolla A, Lopez-Fando Lavalle L, Merico M, Masi G, Palego P, Rocca MS, Scala A, Selice R, Vinanzi C, De Toni L, Ferlin A. Pathophysiology-Based Classification of Male Infertility: Evidence from an 800-patient Prospective Cohort. J Clin Endocrinol Metab 2026. doi:10.1210/clinem/dgag263.
