世界保健機関(WHO)は不妊症を、避妊をせずに12か月以上の性交渉があっても妊娠に至らない状態と定義しており、その頻度は世界人口の約17.5%、およそ6組に1組の夫婦に及ぶと推計されています。不妊の原因はおよそ4分の1で特定できないとされる一方、女性の加齢が妊孕性に与える影響についてはこれまで数多くの研究が積み重ねられてきました。
これに対し、男性の加齢が精子の質や子どもの健康に与える影響については、相対的に研究の蓄積が少ないのが実情です。しかし近年、高所得国を中心に父親の平均出産時年齢が着実に上昇していることが人口統計データから示されています。イタリアでは新生児の父親の平均年齢が35.8歳とヨーロッパで最も高く、フランス(33.9歳)、ドイツ(33.2歳)、イギリス(33.7歳)を上回り、新たに父親になる男性のおよそ70%が35歳以上、3人に1人以上が36歳になっても子どもを持っていないという状況にあります。
このような社会的背景のもと、Maturitas誌(2026年)に、加齢が精子の質・エピゲノム・妊娠成績・生まれてくる子どもの健康に与える影響を包括的に整理した総説論文が掲載されました(doi:10.1016/j.maturitas.2026.109042)。
方法──精子の質から子どもの健康まで、広く文献を渉猟した
本総説は、PubMed/MEDLINE、Scopus、Web of Scienceの3つのデータベースを用いて、2026年5月までに英語で発表された文献を対象とするナラティブレビューとしてまとめられています。検索には「advanced paternal age」「sperm DNA fragmentation」「epigenetics」「assisted reproductive technology」「autism」など、加齢に関連するキーワードが用いられ、抽出された論文の参考文献リストも手動で確認されています。対象となったのは臨床研究、疫学研究、実験研究、メタ解析であり、とくに母体年齢や体格指数(BMI)、生活習慣、環境曝露といった交絡因子の調整状況に注意が払われています。
なお、本総説で扱われた個々の研究では、「加齢父性(advanced paternal age、以下APA)」の定義となる年齢の基準が40歳、45歳、50歳など研究によって異なっており、統一された基準は存在しません。この点は、後述する研究の限界にも関わってきます。
加齢とともに、精液所見はどう変わるのか
加齢に伴うテストステロンの低下が、まず土台にあります。総テストステロンは40〜70歳の間、年間およそ0.4%、遊離テストステロンは年間およそ1.3%ずつ低下するとされ、視床下部・下垂体・精巣系の機能低下やライディッヒ細胞(精巣内でテストステロンを産生する細胞)の変性が背景にあるとされています。
こうした精巣機能の加齢変化を反映して、精液量や精子の運動率、正常形態率、生存率にも加齢に伴う変化が報告されています。93,839人を対象とした90件の研究のメタ回帰分析では、精子濃度を除くほぼすべての精液所見が加齢とともに有意に低下することが示されました(精液量r=−0.103、総精子数r=−0.053、運動率r=−0.138、前進運動率r=−0.200、正常形態率r=−0.090、DNA損傷r=−0.209)。50歳以上の男性2,681人を対象とした別の研究では、50歳未満と比べて精子濃度低値のオッズ比が2.09(95%信頼区間1.08〜4.02)、総精子数低値が6.15(2.26〜16.73)、前進運動率低値が11.91(4.04〜35.07)、精子DNA損傷高値が4.58(1.16〜17.99)と、いずれも加齢とともにリスクが明らかに上昇していました。
ただし精子濃度については研究間で結果が一致していません。北京の施設で18,441検体を解析した研究では加齢に伴う精子数の減少が確認された一方、アルゼンチンの11,706人を対象とした研究ではむしろ精子濃度の上昇が観察されており、これは精液量の減少による見かけ上の濃縮効果と考えられています。
精子のDNAは、年齢とともに壊れやすくなる
精子DNAの損傷(sperm DNA fragmentation、SDF)は、加齢に伴う変化のなかでもとくに注目されている指標です。40,668人を対象とした19件の研究を統合した系統的レビューでは、19件中17件の研究で加齢とSDF高値との間に正の関連が確認されました。北京の18,441検体の解析でも、年齢は精液量・総精子数・運動率と負の相関を示す一方、精子濃度とDNA損傷指数(DFI)とは正の相関を示しており、通常の精液検査の数値が保たれていても、DNAレベルでの損傷が進んでいる可能性が指摘されています。
染色体の構造異常(転座や逆位など)についても、加齢に伴う増加が報告されています。若い男性ではおよそ2〜3%とされる構造異常の頻度が、45歳を超える男性ではおよそ13%まで上昇するとされており、染色体数の異常(異数性)そのものは加齢との関連が一貫して示されていない一方で、より微細な構造異常は加齢の影響を受けやすいことが示唆されています。
精子は「記憶」を運ぶ──エピゲノムという視点
精子は単に遺伝情報を運ぶだけでなく、DNAメチル化やヒストン修飾、非コードRNAといった「エピゲノム」を介して、環境の影響を次世代に伝える媒体としての性質を持つことが近年注目されています。加齢した男性の精子では、神経発達や細胞周期の制御に関わる遺伝子領域を中心に、メチル化の亢進・低下がともに観察されており、こうした変化が受精後のリプログラミング(初期化)を一部逃れて、胚の遺伝子発現の「鋳型」として働く可能性が議論されています。
精子中の非コードRNA(miRNA、piRNA、lncRNAなど)の発現プロファイルも、加齢とともに変化することが報告されています。2025年に発表された研究では、高齢群の精子で8,154種類のlncRNAが若年群と比べて発現量に差があり、そのうち4,031種類が低下、4,123種類が上昇していました。これらのlncRNAの標的遺伝子は代謝関連の経路に集中していたとされ、加齢が精子を介して代謝プログラミングに影響する可能性が示唆されています。
このほか、父親の腸内細菌叢が精子の小分子RNAの発現を介して子どもの体重や行動に影響するという「腸-生殖細胞軸」や、受精前の感染・免疫活性化が精子エピゲノムを介して子どもの行動・免疫系に影響を及ぼす「父性免疫活性化」といった知見も紹介されており、加齢だけでなく生活習慣や感染歴を含めた広い意味での「父親由来の曝露歴」が、今後の研究対象として位置づけられています。
妊娠のしやすさ、続けやすさにも影響が及ぶ
自然妊娠においても、父親の加齢は流産リスクの上昇と関連しています。10件の研究を統合した2020年のメタ解析では、45歳以上の父親では妊娠13週未満の早期流産リスクのオッズ比が1.74(95%信頼区間1.26〜2.41)、妊娠20週未満の流産リスクは40〜44歳でオッズ比1.23(1.06〜1.43)、45歳以上で1.43(1.13〜1.81)と、年齢とともに段階的にリスクが上昇していました。
生殖補助医療(ART)の領域では、より複雑な様相を示しています。顕微授精(ICSI)周期を対象とした研究では、35歳未満で40.3%、35〜39歳で42.0%だった妊娠率が、40歳以上では26.1%まで低下し、着床率も18.8%(35歳未満・35〜39歳ではそれぞれ31.1%、30.0%)まで低下していました。卵子提供周期という、卵子の質を実質的にそろえた条件で行われた研究でも、45歳以上の父親では流産率が23.8%(45歳未満は16.3%、P=0.006)、生児出生率が35.1%(45歳未満は41.0%、P=0.009)と、有意な差が確認されています。年齢や背景因子で調整した解析でも、流産のオッズ比は1.61(95%信頼区間1.10〜2.35)、生児出生のオッズ比は0.77(0.62〜0.96)と、統計学的に有意な関連が保たれていました。
一方、人工授精(IUI)を対象とした日本の1,576周期の研究では、単純比較では妊娠周期のほうが非妊娠周期よりも父親の平均年齢が低い傾向がみられたものの、交絡因子で調整すると父親の年齢と妊娠成績との間に有意な関連は認められませんでした。ARTの手法や胚の質によって、父親の加齢が結果に与える影響の大きさは異なる可能性が示唆されています。
生まれてくる子どもの精神疾患リスクにも関連
父親の加齢が及ぼす影響は、妊娠の成立だけにとどまりません。1973年から2001年にスウェーデンで生まれた260万人以上を対象とした大規模な追跡研究では、20〜24歳の父親から生まれた子どもと比較して、45歳以上の父親から生まれた子どもは、自閉スペクトラム症(ASD)のハザード比が約3.45倍、注意欠如・多動症(ADHD)が約13.13倍、精神病性障害が約2.07倍、双極性障害が約24.70倍と報告されており、自殺企図や物質使用障害のリスク上昇も認められています。他の大規模疫学研究やメタ解析でも、母親の年齢や他の交絡因子を調整したうえで、父親の加齢とともにASDリスクが段階的に上昇することが一貫して示されています。
こうした関連の背景として想定されているのが、精子をつくる細胞(生殖細胞)における新生突然変異の蓄積です。加齢した精祖細胞では細胞分裂を繰り返す過程でDNA複製エラーが積み重なり、通常はアポトーシス(細胞死)によって損傷細胞が排除されますが、増殖に有利な変異を獲得した細胞がアポトーシスを逃れて選択的に増える「利己的選択仮説」と、損傷を持った精子が受精後に卵子側の修復機構で修復しきれずに変異として固定される「卵子共謀仮説」という、2つの説明モデルが整理されています。いずれも、加齢とともに損傷を持った精子の割合が増えることを共通の出発点としています。
代謝面への影響についても、ヒトでのエビデンスはまだ限定的ながら、動物モデルでは加齢した父親由来のマウスの仔で耐糖能異常、肝臓への脂肪蓄積、体脂肪の増加といった代謝異常が一貫して報告されており、脂質代謝や熱産生に関わる遺伝子発現の変化を伴うことが示されています。慢性ストレスに曝露された父親マウスの精子由来マイクロRNAを受精卵に注入すると、仔の視床下部-下垂体-副腎系のストレス反応が変化するという実験結果もあり、精子中の小分子RNAが世代を超えた情報伝達の担い手となりうることを裏づけています。
酸化ストレスと、抗酸化サプリメントの落とし穴
加齢は精漿中の活性酸素種(ROS)の産生増加と、抗酸化防御能の低下を伴うことが知られています。過剰なROSは精子の細胞膜脂質やタンパク質、DNAを損傷し、精子DNA損傷やクロマチン(染色体を構成するDNAとタンパク質の複合体)の不安定化、胚発生の障害につながると考えられています。
このため抗酸化サプリメントの摂取が対策として提案されることがありますが、本総説はその使用に慎重な姿勢を示しています。ROSを生理的な範囲を超えて過剰に抑え込むと「還元ストレス」と呼ばれる状態を招き、精子の受精能獲得や過剰運動、先体反応といった、受精に必要な酸化還元依存性のプロセスをかえって妨げる可能性があるためです。加齢に伴う男性不妊への対応は、無秩序な抗酸化剤の投与ではなく、生理的な酸化還元バランスを保つことを目的とした、的を絞ったアプローチが望ましいとされています。
日本の生殖医療現場にとっての意味
日本では、不妊治療における年齢の議論はこれまで主に女性側の卵巣機能を中心に展開されてきました。しかし、直近改訂されたWHOの不妊症管理ガイドライン(2025年)では、男性パートナーについても系統的かつ包括的な評価を行うことの重要性が正式に位置づけられており、カップル双方の要因を踏まえた診療体制の必要性が国際的にも強調されています。
今回の総説が示した知見を踏まえると、日本の生殖医療現場でも、精液検査の数値が基準範囲内であっても、父親の年齢そのものが妊娠成立・継続、そして生まれてくる子どもの健康に独立した影響を及ぼしうるという説明が、患者への情報提供の一部として位置づけられる余地があります。とくに卵子提供や高齢の女性パートナーを伴う治療では、父親の加齢による影響が見えにくくなりがちであり、双方の年齢を踏まえたカウンセリングのあり方が今後の課題になると考えられます。
研究の強みと限界
本総説の強みは、精液所見からエピゲノム、妊娠・出産成績、そして生まれてくる子どもの長期的な健康まで、父親の加齢に関する知見を一つの枠組みのなかで包括的に整理した点にあります。
一方で、いくつかの限界も指摘できます。第一に、個々の引用研究における「加齢父性(APA)」の定義が40歳、45歳、50歳などと一定しておらず、研究間の直接比較を難しくしています。第二に、交絡因子の調整状況にはばらつきがあり、母体年齢や卵子の質を厳密に統制した研究がある一方、部分的な調整にとどまる研究もあるため、因果関係の解釈には慎重さが求められます。第三に、エピゲノムや行動表現型への影響に関する知見の多くは動物モデルに基づくものであり、ヒトへの外挿には限界があります。第四に、本総説自体がナラティブレビューであり、系統的レビューのような網羅性や質評価の枠組みを伴っていない点にも留意が必要です。
おわりに
今回の総説は、父親の加齢が精子の量的・質的な変化にとどまらず、精子DNAの損傷やエピゲノムの変化を介して、妊娠の成立・継続、そして生まれてくる子どものメンタルヘルスや代謝面の健康にまで影響しうることを、これまでの知見をもとに整理したものです。母親の加齢に比べて研究の蓄積は少ないものの、精液検査の数値だけでは捉えきれないリスクが存在する可能性が示されています。父親の年齢を不妊評価やカウンセリングに組み込むことの意義や、加齢に伴うリスクを層別化するための指標づくりは、今後さらに検証が重ねられるべき課題とされています。
参考文献
1. Cannarella R, Guadagnino L, Crafa A, La Vignera S, Calogero AE. Advancing paternal age: Effects on sperm quality and offspring health. Maturitas 2026;211:109042. doi:10.1016/j.maturitas.2026.109042.
