体外受精(IVF)や顕微授精(ICSI)による受精の確認は、精子と卵子に由来する遺伝情報が、それぞれ独立した「前核」と呼ばれる構造として、受精後16〜18時間ごろに卵の中に見えてくることを目印に行われます。通常はこの前核が2つ(2PN)観察されることをもって正常受精と判断されますが、実際には前核が1つしか見えない「1PN(前核1個)」といった非典型的な受精像が、一定の割合で生じます。1PNの頻度は報告によって1.6〜9%とされ、その多くは受精確認という一時点での観察に伴う手法上の制約から生じると考えられています。
国内外の生殖医療のガイドラインでは、1PN由来の胚(以下、1PN胚)を移植に用いないことが長く推奨されてきました。染色体の由来が母親または父親のどちらか一方に偏る「片親性(単為性)」の胚である可能性があり、まれに胞状奇胎という異常妊娠につながるリスクが指摘されてきたためです。一方で、これまでの複数の研究では、1PN胚の一部が正常な両親性(両親由来)の胚盤胞へと発育し、健常な出生に至ることも報告されており、2026年発表のメタ解析でも、正倍数性が確認された1PN胚の生児出生率は2PN胚と有意差がないことが示されています(相対危険度0.85、95%信頼区間0.59〜1.23)。
このような背景のもと、Human Reproduction誌(2026年)に、オーストラリアの複数施設で2010年1月から2024年2月までに実施された10,730周期、13,203個の1PN胚を対象とした大規模な後方視的研究が掲載されました。受精方法(体外受精か顕微授精か)によって1PN胚の遺伝的性質がどう異なるのか、そして両親性が確認された胚を移植した場合の妊娠・出産成績を、これまでで最大規模のデータで検証した内容です。
方法──前核1個の胚を、受精方法別に追跡した
対象は、2010年1月から2024年2月にかけてオーストラリアの複数の体外受精クリニックで実施された10,730周期のうち、受精確認時に1PN胚が1つ以上観察された周期です。体外受精由来(5,266周期、6,706個の1PN胚)と顕微授精由来(5,464周期、6,497個の1PN胚)に分けて解析されました。
胚盤胞まで発育し、遺伝子検査(着床前胚染色体異数性検査、PGT-A)に適した胚については、栄養外胚葉の一部を採取して染色体数の異常(異数性)を調べるとともに、短鎖反復配列(STR)というDNAマーカーを用いて、染色体が母親と父親の双方に由来する「両親性」か、片方のみに由来する「片親性」かを判定しました。両親性が確認され、かつ染色体数に異常がない(正倍数性)胚のみが、凍結融解胚移植の対象とされました。
IVF由来なら97%が両親性、ICSI由来では3人に1人が片親性
遺伝子検査の対象となった1PN由来の胚盤胞(以下MPB)のうち、体外受精由来では454個中440個(96.9%)で両親性が確認されたのに対し、顕微授精由来では164個中108個(65.9%)にとどまりました(P<0.001)。体外受精由来のMPBはおよそ30個に1個ほどしか片親性ではなかった一方、顕微授精由来のMPBではおよそ3個に1個が片親性だったことになります。
片親性と判定された胚の内訳を見ると、体外受精由来では92.8%、顕微授精由来では94.6%が母親由来でした。父親由来の片親性は、体外受精由来でわずか1/14(7.2%)、顕微授精由来で3/56(5.4%)にとどまっています。胞状奇胎のリスクと直接関わるのは父親由来の片親性であるため、体外受精由来のMPBにおける父親由来片親性の頻度は全体の約0.2%と見積もられ、自然妊娠における背景リスクと同程度と評価されています。
染色体の数的異常(異数性)の頻度にも違いが見られました。体外受精由来のMPBは異数性の頻度が2PN胚盤胞とほぼ同程度でした(37.3% vs 33.9%)。一方、顕微授精由来のMPBは、2PN胚盤胞よりも異数性の頻度が明らかに高くなっていました(45.5% vs 31.5%、P<0.05)。
胚盤胞にたどり着けるかどうかも、受精方法で差がついた
1PN胚が受精後5日目までに胚盤胞に到達する割合は、体外受精由来で19.3%、顕微授精由来で9.7%と、いずれも2PN胚(体外受精63.3%、顕微授精60.6%)を大きく下回りました。凍結または移植に用いられた「利用率」で見ても、体外受精由来のMPBは13.0%(2PN胚は49.9%)、顕微授精由来のMPBは5.7%(2PN胚は47.4%)と、実際に利用できる胚は限られていました。たどり着いた胚盤胞の質(グレード)についても、1PN由来の胚盤胞は2PN由来の胚盤胞に比べて低グレードの割合が高い傾向にありました。
両親性が確認されれば、妊娠・出産の成績は2PN胚と変わらなかった
両親性かつ正倍数性が確認されたMPBを実際に移植した場合の成績は、注目すべき結果でした。体外受精由来のMPB移植では、生化学的妊娠率56.2%、生児出生率40.9%で、2PN胚盤胞の移植(生化学的妊娠率65.1%、生児出生率50.4%)と比べると単純比較ではやや低い値でしたが、母体年齢や胚の凍結日、患者ごとの背景を調整した解析では、両者の差は統計学的に有意ではなくなりました。胚盤胞の質で層別化した解析でも、高・中・低いずれの品質区分でも1PN由来と2PN由来の間に有意差は認められませんでした。
顕微授精由来のMPB(移植数54件)についても、胚盤胞のグレードや妊娠・出産成績に、2PN胚由来の胚盤胞との有意差はありませんでした。新生児の在胎週数、出生体重、性別、母児の合併症の頻度(4.5〜9.9% vs 8.7〜9.6%)についても、1PN由来と2PN由来の胚で差は見られませんでした。移植された257件のいずれにおいても、胞状奇胎の発生は報告されていません。
見分ける手がかりは「核小体の数」
遺伝子検査を経ずに両親性かどうかを予測できる形態学的な指標があれば、臨床上の意義は大きくなります。研究チームは、体外受精由来の1PN胚(両親性30個、片親性14個)について、前核の大きさや発育のタイミングなどを比較しましたが、多くの指標では明確な違いが見出されませんでした。唯一、前核の中に見える「核小体」(核内の小さな構造物)の数については、両親性の胚のほうが片親性の胚よりも有意に多いという結果が得られました(P=0.008)。この差は、その後平均〜低品質の胚盤胞へと発育した群でとくに顕著でした。ただし、この所見だけで両親性かどうかを確実に判定できるわけではなく、今後の前向き研究での検証が必要とされています。
1PN胚が生じるしくみについても、いくつかの仮説が整理されています。片方の前核が遅れて現れる「非同期性」、両方の遺伝情報が1つの前核に収まってしまうケース、2つの前核が早期に融合してしまうケース、そして一方の前核が観察前に消失してしまうケースなどが挙げられており、これらはいずれも両親性の胚を生み出しうる一方、体外受精と顕微授精とでは、その起こりやすさが異なると考えられています。
日本の生殖医療現場にとっての意味
日本では、1PN胚の取り扱いについて統一的な指針が定まっているとは言えず、多くの施設で移植を見送る運用がとられています。今回の結果は、少なくとも体外受精由来のMPBについては、遺伝子検査を行わずに移植する場合のリスクが、これまで想定されていたよりも低い可能性を示しています。特に、2PN胚が得られなかった周期でその意味は大きくなります。今回のデータでは、1PN胚を含む周期のおよそ6周期に1周期(体外受精15.6%、顕微授精16.7%)で利用できる2PN胚が存在せず、1PN胚だけが唯一の選択肢となっていました。こうした周期では、1PN胚の利用が、新たな採卵周期を避ける手段になり得ます。
一方で、顕微授精由来のMPBについては片親性の頻度が高いままであり、遺伝子検査を省略する根拠にはならないとされています。日本の臨床現場では、受精方法の違いに応じてリスク評価や患者への説明を使い分ける、いわゆる「リスク層別化」の考え方が、今後の議論の出発点になると考えられます。
研究の強みと限界
本研究の強みは、10,730周期、13,203個という規模の大きさ、体外受精と顕微授精を分けて比較した点、そして遺伝子検査結果だけでなく実際の妊娠・出産・新生児の成績までを追跡した点にあります。
一方で限界もあります。第一に後方視的なコホート研究であり、選択バイアスの可能性を否定できません。第二に、単一の医療グループ内のデータであるため、他施設への一般化には注意が必要です。第三に、顕微授精ではタイムラプス撮影による観察、体外受精では静止画による観察というように、1PN胚の検出方法自体に違いがあった可能性が指摘されています。第四に、両親性の判定に用いられたSTR法は、これまで別の技術との相互検証が行われておらず、三倍体(染色体が3セット存在する状態)の胚が誤って両親性と分類されている可能性も残ります。三倍体は現在使われている検査プラットフォームでは検出が難しく、この点は結果の解釈に一定の留保が必要とされています。
おわりに
今回の研究は、1PN胚の遺伝的性質と臨床成績について、これまでで最大規模のデータを提供するものです。体外受精由来のMPBは、顕微授精由来のMPBに比べて片親性の頻度が明らかに低く、両親性が確認された場合の妊娠・出産成績は2PN胚と同等でした。これらの知見は、受精方法に応じた個別化されたリスク評価と説明のあり方を検討する土台になり得るものです。今回の結果を直ちに一律の診療変更につなげるのではなく、前向きの多施設研究によってさらに検証していく必要があるとされています。
参考文献
1. McPherson NO, Ussher C, Holden S, Hesketh N, Murray A, Lee A, Bui D, Traversa MV, Grkovic S, Dickson R, Bowman M, Marren A, Morbeck DE. A large retrospective study on 1PN embryo transfer supports the need for updated harmonized best practice guidelines. Hum Reprod 2026;00(00):1-17. doi:10.1093/humrep/deag098.
2. Lee T, Qi F, Peirce K, Natalwala J, Chapple V, Mark PJ, Sanders K, Liu Y. To discard or not to discard 1PNs? A systematic review and meta-analysis on 291,474 embryos. Reprod Biomed Online 2026;52:105080.
